「野球王国」復権へ。四国地区監督会準備会設立

第14回 「野球王国」復権へ。四国地区監督会準備会設立2012年01月23日

【目次】
厳しい現実打破へ動き出した四国地区
四国地区監督たちの熱気に沸き立つ道後
「指導者が変わらないと選手は変わらない」
2016年「四国地区高校野球監督会」正式設立へ

厳しい現実打破へ動き出した四国地区

愛媛県高野連監督研修会会場

「1勝4敗、1勝4敗、2勝6敗、3勝5敗。合わせて7勝19敗」。

 この数字の表すところが即座に判った方はかなりの高校野球通だ。答えは過去3年間の香川県、徳島県、愛媛県、高知県。そして四国勢の通算勝敗。中には驚かれる方もいるかもしれないが、数字は残酷なまでに現実を物語っている。

 過去に春15度(徳島県5、愛媛県4、高知県3、香川県3)、夏11度(愛媛県6、香川県2、高知県2、徳島県1)の全国制覇に輝き「野球王国」の名をほしいままにしてきた四国勢。

 だが、近年の全国制覇は春では2004年・第76回大会の済美(愛媛)、夏に至っては2002年・第76回大会の明徳義塾(高知)までなし。さらに言えば2007年春の室戸(高知)、夏の今治西(愛媛)のベスト8を最後に甲子園8強からは遠ざかり、複数勝利すら2008年春の明徳義塾以後現れていないという危機的状況が続いているのだ。
 もちろん、この低迷をよしとしている四国地区の高校野球関係者関係者は誰もいない。迎えた2012年。この厳しい現実を打破すべくついに具体的行動が始まった。その発信元は悔しさを最も現場で感じてきた監督たちである。

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プロフィール

寺下友徳
寺下 友徳
  • 生年月日:1971年12月17日
  • 出身地:福井県生まれの東京都東村山市育ち
  • ■ 経歴
    國學院大學久我山高→亜細亜大。
    幼稚園、小学校では身長順で並ぶと常に一番後ろ。ただし、自他共に認める運動音痴から小学校入学時、早々に競技生活を断念。その後は大好きなスポーツに側面から関わることを志し、大学では応援指導部で4年間研鑽を積む。亜細亜大卒業後はファーストフード販売業に始まり、ビルメンテナンス営業からフリーターへと波乱万丈の人生を送っていたが、04年10月にサッカーを通じて知り合った編集者からのアドバイスをきっかけに晴れてフリーライター業に転進。07年2月からは埼玉県所沢市から愛媛県松山市へと居を移し、現在は四国地域を中心としたスポーツを追いかける日々を過ごす。
  • ■ 小学校2年時に福岡からやってきた西武ライオンズが野球と出会うきっかけ。小・中学校時代では暇さえあれば足を運んでいた西武球場で、高校では夏の西東京予選の応援で、そして大学では部活のフィールドだった神宮球場で様々な野球を体感。その経験が取材や原稿作成の際に「原体験」となって活きていることを今になってつくづく感じている。
  • ■ 執筆実績
    ネットでは、『高校野球ドットコム』、『スポーツナビ』、書籍では『野球小僧』シリーズ(白夜書房)、『ホームラン』(廣済堂あかつき出版)などで野球原稿を執筆中。また、サッカー原稿についても『週間サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画社)、 『サッカー批評』(双葉社)他、多数媒体での執筆実績あり。
  • ■ ブログ:「寺下友徳の「四国の国からこんにちは」

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